杵屋弥七の名は古く、寛延・宝暦年間に活躍した初代杵屋弥十郎の前名として、史実に残っています。二代目は、寛政時代にその門弟が継ぎました。しかし、杵家では、この二人は流派に数えず、三世弥十郎門弟の杵屋弥七を初代としています。大正11年、四世杵屋弥七による三味線文化譜の完成後、楽譜を用いた教授法を他の流派と明確に区別するため、昭和2年字体を杵屋から杵家へ変更し、昭和5年には呼称も
きねいえ
と改称しました。