長唄聞書34「千歳の松・僧正遍照」





六月二十三日に家元と放送しましたのでその解説をかねまして二曲御話します。今回は天保頃の曲と云う事で、善きライバル同士であった四代目六三郎と十代目六左衛門の曲にしました。非常に対照的な作曲で夫々の作曲法が一寸解るかと思います。大体、六三郎の曲は唄がむつかしい様に存じます。千歳の松の方から申しますと、和ギ序で始まり「幾とせの老も」迄が変にむずかしく、録音の時やっと間にあった気がしました。随分これだけの部分を苦労しました。「十返りの果しない」の三ッ間で、「果し」と入るのが又仲々出来ず悪戦苦闘しました。「海山」のハマリも一寸普通と違いやっぱり参りました。「なまじ太夫」と云う所は一番始めに覚えましたが、ここがこの曲のメインみたいで上手く出来たら面白いと思いますが、心余りて技術足らずでどうもいけません。合の手は替手が入らねば全くつまらないでしょうが、入ると曲が一変するので不思議です。「寿」や「四季の蝶」など関連ある旋律と作曲技法が出て来ます。二上りのむつかしい点は高い音を余り使っていないので地味になり勝ちですが、それを派手に聞かせると云う難事が要求されていることです。十分位の曲ですが、よくま とまっており、もっと流行ってもよいと思います。
「僧正遍照」は栄二師、六多郎師その外数人の方に教えて頂きましたが、皆夫々違うのです。今回は小三八師の手を中心に演奏しました。(研精会内部でも又夫々違います。)初めのオキ唄は最初から無かったと思っていますが、自信をもっては申せません。半引上序で始まる方もあり(六多郎師)どれが正しいと云う事はわかりません。「昔花の」と唄っていますが初演正本は「昔花の」になっています。唄いにくいので習った通りにしました。道行の文ヤも変っているので大変に苦心する所です。「落ちての末」のケシ手は椿の花の落ちた表現です。局が出て来ますが御所の小町に仕える官女ですから品位がなくてはいけません。「文屋」の官女と根本的に異なります。「御所育ち」の後の合方チリレンは小町がニッコリと笑った表現との事です。「揚御簾」の後の手は「土蜘」などでも使っていますが御簾がスルスル上がる表現です。「春咲く木々」からは豊後節系浄瑠璃の感じが、 一寸長唄離れでむつかしいです。「散りもすれ」以下は一中節の影響の多い手法です。問答は仲々面白いです。「白きを赤き」とで裾を一寸まくって色気を出すのが歌舞伎の型として伝えられています。「仏も仮に夜叉」と云う所が皮肉な作曲でよく落ちる人がいます。衣の袖を打払い、は略本手クズシと大薩摩の押重でやる二種ありますが、本来は大薩摩節として出来た曲ですから後の方が正解かと思っています。「小町は跡を」から豊後節系の旋律でノリの変化がここのあたりは大変かと存じます。むつかしいがやり甲斐のある曲と思っています。今回の家元の演奏はこの曲のハコビが大変結構です。



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