夏期講習会で御話したばかりなので、大体はその折御話しましたが前回が「お七」でしたので続けて申上げます。
始めの「ここに寒巌」の謡がかりは強吟で始めに囃子を入れずいきなり唄始めるのが、初演の形で本来の由です。この出も「お七」と同じく研精会譜の上に色々卜書きが書いてありますので御参照下さい。「寒山拾得」は昔から画題になりよく日本人に親しまれていますが、先代坂東三津五郎さんの本に「あの巻物を持った人物と箒を持った人物の、老人だか童だか判らない二人の人物の画を見て寒山拾得だというとわかったような顔になるからおかしい(中略)寒山拾得ほど、よくわかっているようでその実よくわからない物はない。わからないところが寒山拾得だと知るまでに十何年かかった。」とありますが、これはそのまゝ長唄にも云える気がいたします。
曲の始めは座していた二人がゆっくり立上り、ゆっくり中央に歩む感じを持って演奏すべきですが、判っていても仲々出来ません。伯が琴と子期の事、申さなくても御存知とは存じますが、琴の名人に伯牙がいてその友人に子期と云う人がおり、伯牙が琴を弾くとそれは鳥だねとか、それは秋の夕暮を現しているねとかすべて演奏を聞分けてくれました。所が子期が或る日死んでしまい、伯牙は大変嘆いてもうこの世には私の演奏を理解してくれる人は誰も居なくなってしまったと、愛用の琴をこわしてしまい二度と演奏をする事はなかったという故事です。断絃と云う言葉はこれによったものです。楽の合方は、根岸勘五郎の「枕慈童」の合方のアレンジです。うまく使っています。
二上りは全然気の抜けない所で、ここを三人位稽古するとクタクタになります。「相食敢す」のショを出してクを消す方とその反対をする方がありますが、私は前の方をやっています。小三八師はこちらでした。「お月殿が出たわ」の後の合方はシリ餅をついた表現との事です。「萬年昔の」間答は同じ節の様ですが夫々異なります。ここは平凡にやりとりしていたらつまりません。禅問答の一種ですから問答をよく御考え下さい。が、解答は出なくてもよろしいのではないでしょうか。
「山河大地」は空也念佛で、作詞の坪内博士に御注文による作曲で苦心なさったそうです。山河大地はヂと濁ります。「浄裸々」はショウララかジョウララか御質問がありましたが、初演の折の出版本はショウララで濁っておりません。この三句は三つとも変えて唄うのは申すまでもありません。「山深く」からは前と全く気を変え荘重にいたします。初めの強吟と対照した段切です。この段切は一曲中で一番神経を使います。しかし変に力んだり重くなってはいけず軽くなってもいけず、墨絵のようにと云われるのですが、どうも今もって出来ず御恥しく思っております。
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