故日吉小三八師に初めて教えて頂いたのが老松でその為かこの曲に愛着があります。
文政三年四世六三郎が母ます八十祝に作曲された曲で、芝居から離れて作られた嚆矢でもあり大事な曲です。母ますの名を松に通わせたという説もありますが、松を分析して十八公という事があり、八十に通わせた事、又同年河原崎座で常磐津「老松」が出ているのでこれも曲名のヒントになったかとも思います。
初めの謡ガカリは「実に治まれる」の二度目の実を下から出ると節が重なりません。「さざれ石」は、
一つの言葉ですからさざれで切ってはおかしいです。「眠れる夢」とはやと・覚めての三つを状態に応じて変え「色香に」を綺麗に唄う様との事です。「先づ」から三味線につき易いのでどう演じるか苦労がいります。ひらり、を立派に語る方があり、その方が次のひらめきが綺麗に唄えて変化があるかもしれません。「しるしけり」の切り方がうるさくいわれますが、りの節のつけ方に工夫がいるようです。「文字は」はフリでなくカエスのです。「名あるほとり」の所がきちんと節付出来ているのでここだけ道楽や工夫が出来る所なので面白いです。松の、老木も、若本をは常間にやると平凡な唄になるので三つを変えるのです。松か老木かどちらかをつめるか語るかして微妙に変え若木で味を待たせ「恥ずかしさ」の所も恥ウとかアのウミ字の上げ方の間を変え風情を出します。全曲中で只一ヶ所色々な事が出来るので、ここのワケ口が来た時は楽しいです。「唯変らじ」は声と間さえよければ誰でもできる所で楽な所です。「清きいさめ」から気が変わると面白いのですが仲々できないものです。神舞合方は二度目の方をノ
ッテやる事は申す迄もないでしょう。三下りは高二上りの感覚なので、唄も少し上目に派手にやるべきです。「松の太夫」は上で唄う派と下にとる派とあり、下で唄うのは始皇帝の故事もありますから太夫の位どりの解釈かと思いました。この三下りは囃子を充分心得ていないと唄えぬものです。
一昔前は舞台で囃子の人に後を向いて「その唄ではうてないよ」と云われたものです。「憎くらしい」のウミの字の扱いはむつかしいです。只伸ばしていては馬鹿みたいで、女のすねた感じをこのイで出したいものです。「豊かに」から又カラッと変えられるとよいのです。「松の風」は切り方に神経を使わないと合方を弾く方に迷惑をおかけします。この合方は十代目六左衛門が六三郎の許可をとって作曲したもので、又松風という替手をいれる時がありますが、これは中京地方の地歌の手を使用したとの事です。「富貴自在」を小三八師に随分うるさくいわれました。松風が吹くと富貴と両方に聞えなければならず、これが出きぬと曲想がこわれるのです。六三郎の作曲はどれも終わりの部分が特にむつかしいと思います
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