長唄聞書29「元禄花見踊」





明治十一年(一八七八)六月七、八日新富座開場式に初演された曲で、作曲は三世杵屋正治郎で、全曲二上りの派手な曲です。上野の山の元禄期の花見の状景を描写してあります。
曲は随所に独創的な旋律があり前弾の旋律は元禄時代に流行した江戸説経の手をアレンジして使用、渡り拍子で男女の踊手が並び、この弾出しの手は「行列三重」を巧みに利用しています。この当時としては珍らしい三拍子や追廻しの手法を使っているが、作曲者は前年横浜で外国軍楽隊の演奏を聞きヒントを得たとの事です。
舞台の光景は、伊原青々園『明治演劇史』に下の様に記述されています。
「舞台一面破風造りの能舞台となり、臆病口より翁(団十郎)、三番叟(菊五郎)、千歳(左団次)、ツレ(家橘)出て演じ、これを終って紅白横筋の段幕を落す。片シャギリになり、長唄囃子連中、桜の着附袴にて唄(松島庄五郎)三味線(杵屋正治郎)等十人居並ぶ。暫く囃して唄浄瑠璃になり、花道左右より−メンバ−−略−−本花道と仮花道に元禄風の丹前踊、暫くして皆上手へ繰込む。囃子止む。時に俄に瓦斯を点じて観客は驚く許りなり(下略)」。曲節に色々名称がありまして、覚えなくてもよいですから、御参考にして下さい。「吾妻路を」は海道ブシ。「花と月とは」は上方唄。「花見するとて」はミブと云う由です。



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