長唄聞書28「都風流」





昭和二十二年(一九四七)六月一日、帝国劇場で開催された研精会第四百回記念演奏会の時初演された曲で、四世吉住小三郎(慈恭)、二世稀音家浄観が作曲しました。久保田万太郎作詞で明治、大正のころの浅草界隈の風物を組唄風に歌った内容です。
初演の折のプログラムに作詞者久保田万太郎のこの曲の自註があります。「うたいだしの”これよりしてお馬返しや羽織不二”は江戸浅間祭をよんだ抱一の句、すなわち六月一日の俗称お富士さま、それにはじまって、七月十日の四万六千日、草市は説明するまでもあるまい。菊供養は陰暦九月七日、べったら市は十月十七日、東京の町々にこの前後から、毎晩、冬の来る知らせの靄がふかくなり、そして間もなく十一月の、 一の酉、二の酉。・・・となると、またゝくまに師走が来て、年の市の”浅草市のうりものは、ざっきにちりとり、かいじゃくし”、となり、ここに一年が終る。・・・つまりは、この唄、嘗ての東京のものに、はかないちまたの夢をうたっているのである。(五月十四日)」〔新仮名使いに改めました〕
三下り「これよりして」の抱一の句に始まり「通う風」で本調子、虫の合方、「菊供養」の後新内流しの合方。二上り一音で二を上げ鐘の音の描写、「歳の市」の後タケスの合方をうまく使っています。「境内うめし」で雪の合方、「雪の傘」で終ります。「雪の傘」の後に、雪の合方を演奏する事もあります。



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