この曲は、解説本も多く出ていますので、御参照下さい。常磐津と掛合で出来た曲なので長唄は全曲二上りになっていますが、掛合曲に必ず出てくる豊後オトンが一つも無いのが不思議です。始めの出のドツツルテンは田舎の感じを出す為、在郷唄をアレンヂした気がします。前の曲の「心猿秋月」から引抜いて、暴れ馬の手綱をお兼が踏んで馬を止めそれがキッカケで「留めてみよなら」となった様です。留めて見よと命令形か、留めて見よと二つ解釈がありますが、正本は見よならなので後の方がよいと思います。こゝは梅に鶯、松に雪、娘の袖袂と留める物づくしになっていて、せなじょから娘を強い強いから力の強さと相撲を引出す手法は仲々巧みです。
「四つに」以下の元の歌詞は一寸露骨で、改訂文の方も旋律と余り離れていないのでこれは上手い改訂歌詞と存じます。「五十五貫」はどの解説本に詳しく書いてありませんが、その頃八幡前の材木屋で働いていた中村弥兵衛と云う若者が、五十五貫の力石を持上げ評判となり、七代目団十郎は当時木場島田町に住んでいたのでこの噂をいち早く耳にし、この曲に取入れたものです。力持ちの女性の話は『古今著聞集』が原典ですが、安永六年堺町で力持ちの曲芸で大当りをとったともよの話も下敷にしているようです。近江八景にちなんだ八変化舞踊なので、この後は近江の地名や名所づくしになっています。昔の作者はエロ的な事を巧みに洒落て作っており、何時も感心させられます。盆踊りの「よいやな」は、囃子詞なら皆同じ旋律な筈ですのに全部変えているわけが、最近少し判りました。始めは「末かけてよい」の意、二つ目は思うにまかせず「せかれては宵やな」、三つ目は首尾を果して別れられたのでよかったの意のよいやなの意で、囃子詞を全部ひっかけて隠し詞にした洒落かと思いましたが如何でしょうか。「橋うら」は夕方橋に立って通行人の会話を聞いて吉
凶を占う事で、平安時代の始めからあります。「橋裏」と間違えて変な解釈をした人がいましたが、こうしたみっともない間違いはしないでほしいものです。「笹の一夜」は初演の正本は「筆の一夜」になっています。お兼が晒しを振るのは洗濯だらいを持っていて洗濯に来た事から来ていますが、この狂言の本名題を「尾上松緑洗濯話」と云い、これにひっかけた洒落がこゝにもあるようです。「野路の玉川」は鼓唄とありますが、中川愛氷の『唄と三味線』と云う本に、ホソリと云う手であると書いてあります。又同書に終りの「手にくるくると」はサラシドメと云うと書いてあります。この後「見せ参らしょう」「立つ波が」など言葉が二つ重なる所が多いですが、節を何処か少し変えます。この曲は「野路の玉川」からの方がかえってむつかしいと何時も思います。書忘れましたが、「中の字きめし」の中は中村弥兵衛をきかせたものです。
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