長唄聞書23「若菜摘」





解説本にくわしく書かれています様に、十二月所作事の一月若菜摘、二月春日詣の二つが一曲になった曲で、「露にほころぶ風情なり」迄が一月、「花の濃染」から二月になります。二世杵屋勝五郎の作曲ですが、四世六三郎の作曲とある解説本もあります。アドヴァイスは色々したとは思いますが二世勝五郎作曲は間違いないと存じます。この曲について種々書くつもりでしたが、第十一回再々会プログラムにくわしく書いてあり重複ばかりするのでそちらを御参照下さい。
初演は天保三名人の美声の冨士田音蔵(二世)が演じたので、その型があちこち残っています。「移り心と始めから」の始めのウミ字のイを、「うき水ぐきの」の、「筆つばな」の筆のと云う様にウミ字を一音あげるのが音蔵の型です。「秋色種」の「忍ぶ草」の忍ぶのオの字をあげる所などもこの例です。「女御安子のたてまつる」とエを一音あげるのは女性であるための表現で、男が奉る場合でしたらあげない由です。
「若菜人」の後の合方は、楽の合方を弾く派(山の手の手)と「雲の袖」後の合方を弾く派(下町の手)と二種あります。勝五郎家では楽の合方を使う由です。「幾千代も」ユクリをはっきりしないと豊後下り羽が打てぬと云われました。これは「西王母」の「桃李物云わず」と同型です。
何時ぞや十五人位の人に「筆つばな」と云うのは何かと聞いた所、二人しか知らず情けないと思いました。つくしの異名でこの位知っていて頂きたいと痛感しました。大体、歌詞の意など辞書をひけばわかるのですから無精をしないで調べてほしいと思います。
「なづなうらみて」は作曲者が六三郎の教えに従って音蔵にはめて作った由で、初演を聞いた人の話が残っていますが、ふるいつきたい様な人間業と思えない様なすばらしい唄であったそうです。「なくウ音に」のウをあげる所など音蔵の型です。「露にほころぶ」は和ギオトシとの事です。
次の二月「春日詣」は地歌の「八千代獅子」の合方に唄をつけたので、始めて箏曲の方が聞くと皆びっくりします。「道成寺」のチンチリレンに歌詞をつけた様な物で(ツンツルテンの着物を着せ、と云う唄も有りますが)、三味線につき易いので仲々むつかしいです。切るところがむづかしく特に「色わけて」と「一夜まつ」の二ヶ所が上手く切ってくれないと三味線がやりにくいのです。
再々会プロにも書きましたが、浅川先生は『名曲要説』で、「うつり心」のクドキを十世六左衛門の「業平」「たつ名いとはじ」を借用しているのは遺憾と仰っしゃっていますが、私は借用ではなく前の歌詞の「筒井筒」から在原業平の故事を連想し、わざとその曲節を使った一種の洒落と云うか遊びかと存じます。作曲者の六左衛門も当時健在ですし実力者ですから、曲節の借用は一寸どうでしょうか。この曲は美声は要求される曲ですが、声にまかせて唄うだけで内容空虚な品のない演奏をするのでしたらやらぬ方がよいと思います。声だけで唄うなら子供達がやった方が余程すばらしいです。



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