十数年以前ですが、稀音家六多郎師の会の折「朧の渚」が出まして唄いました処、師より「朧の渚」を唄う様頼んだのに「糸の調」を唄っては困るではないですかと叱られた事がありました。その当時叱られた意味が判らなかったのですが、過日手がよく廻ってバリバリ弾いている方の演奏を伺っている折、ハッと叱られた意が判った様な気がしました。御存知の様に、義太夫の「阿古屋琴責」から材をとった曲は「三曲」「糸の調」「朧の渚」と同種類の物が三つあり、歌詞は三つとも全く同様なので困ります。景清は盲目になって日向勾当になったと云う伝説があり、従って三曲は巧みであると云う考えから来たのが「朧の渚」であり、演者は景清と云う事になります。これに対し「糸の調」は阿古屋が一人で三曲を弾いていると云う事なので、前曲と異なり女性の演奏と云う事になります。従って一人の演奏では替手を入れたり打合わせをしたりする事は出来ないわけになります。今一つの「三曲」は材を阿古屋にとってはいますが、純粋の三曲の曲なので替手も打合せも入れておかしくないわけです。個人的な考えですが「三曲糸の調」とした時の演奏は替手打合せもよいですが、「糸の調」とだけ
した時はおかしい事になると存じます。又前に申しました様に「朧の渚」は男が弾いているのであり、「糸の調」は女が唄い弾いているのですから、当然唄い方も考えねばならぬ事になります。私自身も唯漠然と感じているだけで、何処をどの様に三つの曲を区別して演奏するのかと云われると全く困ってしまいます。すぐ考えつくのは「去るにてもわがつまの」の所で、芝居では阿古屋がここで向こうを見込むと、重忠がトンと叩くとハッと気をとり直して演奏しますが「朧の渚」では男が演者ですからここの所の解釈が異なるのではないかと思います。今三つの曲とも全く混同して演奏している様ですが、一応念頭においておくだけでもある程度の演奏が出来るかと存じます。故日吉小三八師はおさらいなどでこの曲が出る時「糸の調」か「朧の渚」か「三曲」かと念を押していらっしゃいました。よく伺っておくべきであったと後悔しています。この三つの曲の外に三世杵屋正治郎作曲の「三曲阿古屋」と云う曲がありましたが伝承されなかった由、杵屋栄二師から御話がありました。
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