今日では余り感じませんが、曲の出来た明治四十四年では、新しい試みの長唄として皆びっくりした事でしょう。前奏の嵐の中でテレテレテレと弾く所は、船の柱が折れる表現をしているとの事です。
船唄は二つとも同じ様に唄えとの事で、「いとわねど」と「送るやら」の唄尻は船唄が風に消えて行く様に唄うそうです。よく言われますが船唄と浜唄は異なります。船唄は船に乗っていて唄う唄、浜唄は浜で唄うので船には乗っていないのです。この曲に限りませんが浜唄と船唄をよく御研究下さい。「サアサエッサエッサ」は下手にやると、カゴかきじゃないよと言われます。昔素人の方で上手い方がありましたがナマリがあって「エッシッシ」が出来ず「イッヒッヒ」と言うので困った事がありました。
「ひけやひけひけ」の前の合方は、芝居で使う「俵運び」と言う手です。「三日月藤の裏葉」と言う曲でもうまく使われています。「盃の」の後はオンドの手です。「雪のあしたの」のチャンは雪が屋根からバサリと落ちた様子で、あと「雪の合方」を上手く使っています。几帳はあまり声色を使うとイヤミになります。品が悪いと太夫になりません。「そもじは几帳か」のかがむつかしく眠っていて目をさましたボヤッとした感じでやる様に言われました。こゝの二人のやりとりはダレ易いので下手な演奏を聞くと妙に長い感じがします。このくだりのセリフのかゝりは二の糸のツンツンで出ますが、「縁のあるのが誠でござんす」はツン一つで出る由です。「一蝶が歌うた小唄に」のにを注意する様くどく言われました。一寸心持ち上げると思案する感じが出るのでしょう。隆達の「破れ菅笠」は紀文が弾語りをしているので、三味線の方はカケ声をかけてはいけないとの事です。二朱判吉兵衛は特にむつかしいと存じます。「紀文大尽」全曲中で一番むつかしいのは「なかなか」と「心得ました」ではないかと思っています。「心得ました」が悪いと次の三味線が弾けなくなります
。一曲がこの心得ました一つでメチャクチャになる可能性があります。今迄の方々の中で先代吉住小桃次師のそれが絶品だったと、父が常々申していました。
カケ声が悪いと「甘きにつどう」の所が一番落ち易いですね。変な所でかけられてどうしようかと思う事が度々ありました。「奪い合う」でキッパリ唄が止めると次のチゝチン「塵も止めぬ」が気が変わるのですが中々うまく行かぬ様です。「沖のな暗いのに白帆が」の白帆の出方がむつかしく随分直されましたが、まだ上手く出来なくて恥しいと思っています。「蜜柑船ぢゃえ」の節は現在大分乱れている様で、最近ある有名な会で聞き、びっくりしました。「三浦の几帳」からは「俄獅子」を上手く使っています。このあたりは終りに近いので気を許すと落易いです。勿論最後まで気をぬいてはいけない事は申す迄もありません。作曲者のレコードは、ニットー、コロムビア、東芝と数種ありますが、内容的には一番古いニットー盤が、ずばぬけて良い様に存じます。
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