第一回ですからこの曲より始めます。
始めの「夫れ青陽の」は鼓唄とする派と琴唄として演奏する派があり、唄い方扱い方が従って異なります。何れにしても皇帝の言葉なので品位を持つことが大事です。皇帝の言葉はこの外問答の所に二ヶ所あります。「不老門にて」と「日月の」は一息で唄い途中で切ってはいけない事になっています。「日月」「の」と云う様な事はなさらないで頂きたいと存じます。「拝するその音」はそので一寸切り音を云います。「その」のウミ地のオと「音」のオがくっついてそのオオと、にならぬ様にしますがこの技法を「切り切らず」と昔から言っています。「庭の砂」からガラリと変り楷書から草書になる感じになります。「おびただし」迄は袴をはいてやる感じで、「庭の砂」からは袴を取った感じと教えられた人が、ここで袴を本当にぬいだと云う笑話があります。「有難き」のナガシは唄が切れてからトメ撥を別に弾きます。問答は大臣が御辞儀をして「如何に奏問」と云い「毎年の嘉例の如く」で頭を徐々に上げて行く様に語る由です。唄の切り方が悪いと「鶴が目を廻せられ」と聞こえるので御注意下さい。「鶴と亀」の出の手は宝暦年間の「初咲法楽舞」を利用しています
。(原曲は三下り)
二上りの初めはサラリと弾き「千代のためし」から〆る由です。「千代を重ねて」は特に三味線につき易いのでむつかしく、この後の合方は幽霊三重を弾きます。これにつき諸説色々ありますが、吉川先生は鶴亀と云う動物の精霊の意の為かと云っておられます。「君も御感の余りにや」から一寸位をとります。本調子合方の上調子は竜神の手を弾きますが、この上調子は作曲者自身の作曲と云われています。
「月宮殿」は婚礼の席で演奏する時はカエシを嫌って一回だけにします。「色々妙なる花の袖」の後の合方に昔は囃子が入っていたそうで、父なども聞いた事があると云っていました。「秋は時雨」は観世流と宝生流で異なり、流派によってどちらかの手法を使います。他派との演奏の時よく打合わせて下さい。段切迄位をとって演奏しますが「官人駕輿丁」の所だけ位どりを変えます。段切迄、御輿を早める様さっと演じます。婚礼の時は還御ではなく御幸なるこそと唄う時があります。
「拝する万戸の声」は謡曲も初演の折も「まんこの声」と唄っていましたが、誤解をされると云うので、明治時代華族会の折「まんけの声」と唄った所、皆クスクス笑い出してしまったので現在の様に「ばんこの声」と唄う様になったそうです。
|