四世杵屋佐吉師の曲は度々やらせて頂きましたが、舞踊曲を除いて、会で一番多く演奏しましたのがこの曲です。この曲は名作で流派を超越した長唄の財産の一つと存じます。御存知とは思いますが、大正六年十月二十三日第十三回長唄芙蓉会、青年会館で発表されました。作詞は竹柴金作です。初演タテ唄は芳村孝次郎(松永和風)です。
芝居「仮名手本忠臣蔵」から材をとり、上の巻「遊興は花の夕」、下の巻は「本懐は雪の旦」上下二巻構成で、上は三下り下は本調子で通してあります。研精会新曲「有喜大盡」は実録で、こちらは芝居によっているので人物名が二曲異なります。大正六年十一月の雑誌『邦楽』に作曲者の話が記載されているので、それを基にいたします。
曲の始まりにオキが無く「花に遊ばば」の騒ぎ唄で始まるのが従来に無かった新しい手法で、芝居幕明の感じで始まります。「浮世とは」以下祇園の夜の気分が出るよう作られています。忠臣蔵七段目茶屋場を御存知の方は上の巻はよく御判りになると思います。めんない千鳥の目隠しを由良之助が興じている所は駒鳥の合方を使い、三人侍のやりとりもノリを上手く使い、セリフも浄瑠璃にならぬよう巧みな作曲です。「有喜大盡」は小唄に「四条の橋」を使っているので、こちらは「そもや神代の昔」を使っています。「更けて廓」は芝居の独吟風に作られています。これの原曲は大石内蔵之助の「里げしき」でその歌詞です。「君に逢うとて」は音頭風に「鎗さび」を材にしたそうです。「つなぎそめたる」は省略する事が多いのですが「色づくし」になっています。「角に小者」と変る所のノリの変化は非常に面白く、「明日の噂や京四つの」後の合方が上手いです。唄も「ゆられて」だけで切ってしまい、駕篭が段々遠くなって行く様を三味線で表現し、すばらしいと何時も敬服しています。
下の巻になり大薩摩で始まりますが、作曲者は雪の夜をかけての討入り故、戦いの騒ぎの内にもどこか引締めて落着いた静かな気分がなければならない、と唯この一点ばかりを考え通して作曲したと言っておられます。夜討を表わす為太鼓を入れず、八千代獅子と合わせる三味線に、竹笛、大小をあしらって作られています。「すはや夜討」と言うところうっかりしていると「すはや我が君」と言いそうで私が御一緒した方で三人居ました。合方に「雪の合方」を使い雪の夜の感じもよく出ています。討入場面も「小林が両刀ひっさげ仁王立」なども巧みです。「雑部屋」が判らない人が居ました。普通は「炭小屋」になっていますが、色々な物を入れておく物置小屋の意です。作曲者は「唯討入の賑かだけでお終いになっても困ると思い「雪の旦のしののめ云々」から長唄へ帰りました」と言っておられます。杵屋佐久吉師の『四世杵屋佐吉研究』は名著です。何より師に対する敬愛が根本にあります。是非御覧頂きたいです。
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