文化五年八月中村座で院本物の義太夫狂言「行平磯馴松」が上演され、その大切に演じられたのがこの曲です。舞踊会で時々前半を義太夫、後半「待つは辛い」から長唄で演じますが、これが初演からの型です。後に作曲者の九代目杵屋六左衛門が全曲長唄に作りました。文化九年六月に「行平磯馴松」が再演されましたが、このときは大切を掛合でなく全曲長唄で演じました。よく間違える方がいますが、このときの長唄は「恋男調松風」で作曲者は四代目杵屋六三郎で「浜松風」とは別曲です。「浜松風」を掛合でなく全曲この時に長唄のみに直した、と錯覚をしている方がいるので御注意下さい。
又この名題の「浜松風恋歌」を「こいのよみうた」と書いた解説書が多いですが、八種の正本を調べましたが全部「よみびと」となっています。「よみうた」と書いた本見た事がないので御存知でしたら御教え下さい。
曲は流派によって大分異なります。一番違うのは「慕う心はな」のなが長い派と短い派があります。ツキはあちこち大分違いますが「なつかしや」をなアつと演じる派となつかとする派があり、「磯馴松葉」を文ヤととる派と宮薗の解釈との相違があります。ここの「待明し」の前オイと打つ派と無い派があります。歌詞の「さらり」の所ですが正本には「さらりさらりさらりさらり、」とありますが、「さらり」を四つ「さら」を四つの派と、「さらり」が三つ「さら」が五つの派があり、唄い方も少し異なります。「村雨と」も「むらァさめ」と「むらさァめ」とがあります。「松風ばかりや」の初めのまつかぜのつを出さず二度目のつははっきり出します。これは各派共通でした。今はどうか知りません。
「慕う心」は芝居下座でよく使います。和歌よみの人を上手く歌詞へ入れているので面白いです。「源もとどうり」は一寸見つかりませんでしたが源融かと思います。柿本人丸、大中臣能宣、権中納言敦忠(藤原敦忠)、坂上是則、壬生忠見、春道列樹(このつらきの使い方は特にうまい)、大江千里、在原業平の人々です。又カケ言葉や韻が上手いです。月は一つ影は二つみつ汐のよるべ渚に立出ていざや、と数韻をふんでいます。「こがれて渡るかいもなし」は甲斐もなしと櫂もなしががり、「ねまつ」は根松と寝待つに、という風にあちこちに言葉の遊びがあります。「風もきようじて」は興じてと狂じてと分かれますが、正本は「きやうして」とあるのでどちらとも申せません。「関路のとり」は鶏の異称で、須磨に関所がありました。鶏の声と関を越えるにかけてあります。
唄出しの「あわれ古を」は正本はウタイとはっきり書いてありますが、今は一中節の手を使っているようです。初演の時とはやはり大分違っているかもしれません。
初演の小ふじ役の四代目瀬川路考は、四代目菊之丞を死後追贈された人で、解説はどちらをとってもよいかと存じます。
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