長唄聞書64「新松風」




伝統音楽には「松風物」というジャンルがあり、能「松風」を主とし多くの曲があります。長唄も「汐汲」をはじめ、「新松風」「浜松風」「調松風」等が伝えられています。この内一番古い「新松風」が「新」というのはおかしい気がすると思われるでしょうが、古くは元禄十七年刊『落葉集』に「松風」があり、関西に佐渡島伝八作詞、岸野次郎三作曲の三下り端唄物の「古松風」があり、これに対して「新松風」と称したようです。
「新松風」は『邦楽年表』に「宝暦四年(1754)本年の作なりと伝う」とありますが、作詞作曲、初演者、何処の劇場で行われたかなど一切判りません。正本も字表紙の後年に出版された物だけです。ただ宝暦七年(1757)に刊行された『女里弥寿豊年蔵』にのっているので、これ以前の作品となります。恐らく吉原あたりの遊里で演じられたものと思われます。地唄「古松風」と歌詞も曲節も大分似ています。関西には別に二上りの「京松風」がありこちらの方が現在一般的のようです。
今回何故この曲を取り上げたかと申しますと十年くらい前家元弥七師とNHKで放送をしたことがありまして、その時芸に厳しく滅多に人を誉める事の無いある方より電話があり、弥七師の曲の作り方、メリハリなど大変賞められました。現在外にもいらっしゃるかもしれませんが、正しくこの曲を伝承されているのは弥七師位かと思います。杵家派の方々は是非これを受継いで後世に伝えて頂きたいと切に思う次第です。放送録音が終った時全員で大変疲れ果てた、と言合った事昨日の様に覚えております。「浜松風」「調松風」もこの「新松風」の影響を強く受けていますから、松風物をなさる方には必修の曲と存じます。
浅川玉兎先生『稀曲めぐり』に概略がのっていますから、御覧になって下さい。曲は古い曲特有の凄みと色気がありますが、ノリが異常にむづかしいです。クドキ的とか山場とかいわゆる聞かせ所の無い様な曲で難曲の一つです。お稽古も二人位やったら疲れてあと一日中何も出来ないと思います。合曲三下りで「あわれいにしえ」の一中節ガカリで始まります。オトシは三つありますが「深かりし」はオトシ的用法で、何れもこの後イキが変るのでむつかしく録音で覚える事は不可能です。松風というのは始めの方のみで段々「葵の上」的になって亡霊が誰かを恨む内容になってきます。『豊年蔵』と後の正本と歌詞が所々違いますが、(〔 〕内は豊年蔵)○深からじ〔深からし〕、○面影の憎かれとは〔憎や彼とは〕、○妄執の雲にまぎれて〔夢にあらわれ〕、地唄と異なる所は○つきそいめぐる面影の〔小車の〕○こなたは忘れじ松風の〔そなたは忘れじ松風や〕○あら頼もしの御歌や〔歌やな〕○深からじ〔深かりき〕等です。十代目杵屋六左衛門、杵屋弥三郎門弟の弥寿と云う方が長寿をなさって、杵屋栄蔵師に伝え栄二師に伝承されました。

                  

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