先年長唄稀曲の復曲について、どのような方法をとるかと云う御問合わせが研究者の方よりありました。その折の御質問などを基にして復曲について御話をします。
(1)三味線の譜と録音が残っている曲、(2)録音はないが三味線の譜が残っている曲、(3)録音も譜もないが、御年寄の方や地方在住の方に伝承されている曲、(4)ゴマ点(記譜の一種とか唄三味線の用語レイゼイ、ブンヤ、オトシなどが書かれている正本のある曲、(5)用語記号も何にも無い歌詞のみの正本がある曲、以上五つの場合を想定して御質問がありました。この内(5)の場合は復曲不可能です。
(1)の場合が復曲を一番やり易く、私も出来るだけ稀曲の譜と録音を多く残して、保存伝承したいと思っております。この方法ですと何十年何百年後でも復曲が可能です。(2)は何とか復曲出来ますが、一番困るのはノリが判らない事です。以前、弥七師と「大内の花宴」を復曲した時は、弥七師が囃子のツケを見つけられ、それによりノリが想定出来演奏が可能となりました。洋楽譜のように速度記号が書いてあればよいのですが、邦楽譜は皆無に等しく、ノルとかシメル位なので本当に困ります。(3)のケースは度々ありますが、誰方が御存知かと云う事を知る方法が無く、よい曲が伝わってきたのにみすみすあの世へ一緒に持って行ってしまわれた事が多々あった事と思います。故杵屋栄二師は十分くらいの短い曲を習得する為、船に乗って曲を御存知の方が住んでいる島へ渡り数日かけて覚えてこられた話があります。稀曲の復曲伝承はこのような努力苦心をされた方々の御苦労があってなされた事で、メリヤス一つにしても作詞者作曲者何十人何百人の方々の伝承の御苦労御努力があったから今日演奏できるのであって、安易な気持ちで接する人を見ると大変腹立たしいです。(4)の初演正本による復曲ですが、「夜鶴綱手車」という曲があり歌詞につけられているゴマ点と現行演奏と殆んど同じになるので、ゴマ点などを研究すれば他の曲の復曲も可能かと思います。レイゼイ・ブンヤなどの書込みもその部分の手は判読出来ます。又、正本には初演の演奏者連名が大抵書いてあるのでこれも手がかりとなります。歌詞中に音蔵、小三郎などワケ口が書いてある時があり、この点からも旋律唄い方がある程度判ります。例えば天保三名人のワケ口から冨士田音蔵の所は高めに唄尻を上げて唄う、岡安喜代八の所は息を長く伸ばす、吉住小三郎(芳村伊十郎)の所は唄をワリ節を細かく頭をつめると云った事が想像できます。作曲者にも作曲上のクセがあり、六左衛門は、九代目は地唄の影響、十代目は河東・一中の影響、十一代目は謡曲の影響など考えられます。時代によって、息を長く伸ばすのがよいとされた時、美声が喜ばれた時、節を細かく唄うのが上手いとされた時、豪壮が喜ばれた時等時代時代で演奏も作曲方法も異なるので、復曲の時はこれらを頭に於て一応調べる必要があると存じます。
|