杵家派に伝わる曲の最後として、この曲を書きます。道行の曲と云うのは長唄には数が少いですし、こうした浄瑠璃系手法の曲は大変珍らしく貴重な曲です。大事に後々迄伝えて行って頂きたいと切望します。
天保十一年(1840)六月、河原崎座「東鑑怪談噺(あずまかがみかいだんばなし)」の第二番目序幕に上演された曲で、本名題を「千種野辺露濡事(ちぐさののべつゆのぬれごと)」と云います。この芝居は文政十年六月市村座で上演された「斯将優曲者(またここにめばえのくせもの)」の再演で、この折の役者は「お通半七」と同じく四代目坂東彦三郎で九役を一人でつとめました。この「お通半七」の時も同じく九役を演じております。評判記に「大出来、大当り」と前回あるので、彦三郎が再演したのでしょう。この芝居はよく判りませんが、桑名徳蔵、小幡小平次、三勝半七をミックスした不思議な夏芝居狂言のようです。前回は刀屋半七、今回は小舟乗半七、異本正本には赤根半七と役名を名乗っています。三勝半七の心中は元禄八年十二月七日大阪千日墓所で、これを材に多くの芝居・曲が作られましたが、今回は名前だけを賃り関西でなく江戸に舞台を移しています。
前回は常磐津連中が出演していましたが、今回は出ていないので、長唄が道行を担当する事になり杵屋三五郎が作曲したらしく、三五郎は常磐津と掛合の曲を作った事もあって豊後系作曲には精通していたと思われます。それに天保九年に師である十代目杵屋六左衛門が、やはり豊後系旋律を使用した「道行霜夜菊」を作曲した直後であり、それらを参考にして豊後系曲節を使用したこの曲を作ったかと思います。唄浄瑠璃と唄連名の頭に書いてあり、長唄の常磐津的旋律で、少し異った作風である事を明示しているようです。
半七とお通の道行の曲ですが、親の許さぬ仲とか不義の駆逐ではなく、半七が人を殺してその為一人で死のうとするのを、許嫁のお通が追っかけて来た様で、前弾と同旋律を二回返しますが、前弾の方は男、後の方は女と思います。追っ手と云うのも二人を追っているのではなく、殺人犯の半七を追っている追っ手でしょう。「愚痴は女子」からお通のクドキ「虫の音」の後、虫の合方、「その言の葉」から二上りになり気分が一変します。ここから豊後と別れ長唄になる気がします。所作ダテで隅田の名所、砧の合方、この砧から佃へ移り終曲となる所仲々巧みな作曲と存じます。
|