この曲は舞踊会に時々出る「屋敷娘」の原曲です。前々回の「大内の花宴」と同時に上演された『四季眺○い歳』の秋の部の曲で、常磐津と掛合で演じられました。長唄は上調子格になり二上り、「色という字」から三下りになります。現行の「屋敷娘」とは大分異なる所が多いです。「花ならん」のアト合方がありますが「屋敷娘」にはなく「しおらしや」のオトシがあってすぐ「花に来て」になります。「屋敷娘」は「たわむれ遊ぶ」から「女夫事面白や」迄を本調子にしますが「乱菊」の方は二上りのまま演じ「色という字」から三下りになります。終りの所が全く異なり「入相の鐘やおくるらんおくるらん」が「屋敷娘」には全然ありません。歌詞も大分あちこちで違いますが初演正本は「それも世界の花ならん」「心も浮いて物見ゆえ」「はねがいならべて」「女夫事」のアトのオトシ「面白や」「相合傘のぬれたがる」「比翼紋」のアトのオトシ「頼もしや」「露をいとうて」「衣紋なおしていそいそと」等となっています。
別に『新鹿の子』という曲がよく舞踊会で出る事があります。誰方が編曲されたのか、何時初めて上演されたのか全然判りません。「色香含みて愛らしき」から「実に月ならば」の間に『京鹿子娘道成寺』の「云わず語らぬ」からを入れた曲です。これは春の設定なので「恋をする身はまがきの桜」「実に花ならば春の弥生(又はのもせ)の」「笑顔も花の下風に」等変えてあります。タテ唄によって歌詞のテニヲハが異なり困る事が多いので、長唄協会あたりが初演正本を基準にしてきめて頂ければと何時も思います。
最近西形節子先生の『日本舞踊の心・秋』と云う本が出、そこに「屋敷娘」があり大変参考になりました。天保二年沢村源之助から改名する時、五世松本幸四郎の俳号訥子をはばかり訥升と名のりました。白拍子と書いた本もある理由は、河原崎座の作者三世並木五瓶が初め白拍子を予定していましたが、スケの三升屋二三治が作詞をして屋敷娘とした為です。掛合の作曲の時、@両派が夫々一曲を作曲し、合せて編曲する。A部分部分を分けて夫々作曲する。B何れかのの作曲者が一応全曲作曲する、の三方法があり、この曲は三五郎が全曲作曲し常磐津がそれを編曲した曲です。この曲は杵家に代々伝承された貴重な曲ですから皆様で大事に伝えて頂きたいと思います。
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