長唄聞書56「おぼろ夜」





天保十一年(1840)正月江戸河原崎座で上演された「梅咲若木場曽我(むめさくやわかきばそが)」第一番目三立目、市川九蔵(六代目市川団蔵)が景清一子あざ丸として演じた時の曲です。作詞は並木五瓶、作曲は杵屋三五郎で、天保三名人の三代目芳村伊十郎が唄っています。この時上調子を杵屋弥七が演奏しました。上調子は伝承されませんでしたが、昭和六十年十月杵屋三千寿師の会の折、現家元弥七師が新たに補曲しました。この補曲は大変好評で、以後この曲が上演される際はこの上調子が演奏されるようになりました。この曲については浅川玉兎先生『稀曲めぐり』二三九頁にありますので是非御参照下さい。
この曲は判らない事が沢山あります。普通景清の子といえば人丸という娘が出て来ますが、これは一子あざ丸という男子が出てきます。景清を題材にした景清物は沢山ありますが、景清の息子が出てくるのはこの曲位かと思います。曲の構成がメリヤスの型ですが、唄浄瑠璃となっています。従って唄浄瑠璃の定法通り、調子は本調子で上調子が入ります。「定めなき世」と「くりかえしぬる」の前に同旋律の合の手が入りますが、メリヤスですとここでセリフが入る筈ですが、曲の旋律からみて、又、上調子も入っている事で一寸言いにくい気がします。このくり返しの手は作曲者がどういう意図で作曲したのか、役者がどういう演技をしたか色々考えてみたのですがよく判りません。「くり返しぬる」と云う歌詞に対しての一種の洒落でしょうか。初めの前弾は説教の手なので、あざ丸がこれで出て来たのでしょう。「春の夜」以下豊後系の節付で「定めなき世」は薗八を、終りの「結ぶ甲斐なき」のあたりは一中を使ったりしているので、曲を唄浄瑠璃としたと存じます。歌詞を見ると亡き人を偲ぶような文句で、追善曲としてもよいような曲と思います。「何時かはと」の後の重音は鉦鼓の表現ではないでしょうか。「やぶ鴬」の後は鳴声を表しています。
この芝居もわからぬもので、お祭佐七の話なのに、阿古屋と景清が出て来たりするので、台本でもあれば判るのですが見当たりませんので判然としません。正本は麹町満州屋版と小川半助版があり、濃州屋と三五郎は関係があるらしく「花の友」正本もこの版元です。正本小川半助版をのせますので御覧になって下さい。

                  

                  戻 る