長唄聞書51「高砂丹前」





顔見せ狂言三立目として数多く作られた曲の中で只一つ伝承されて来た貴重な曲ですから、大事に伝えて欲しいし長唄人にとっては昔から必修曲の一つといわれています。
曲は「今を始めの旅衣」の次第で始まる場合と、ヨセ合方で始める場合の二種類ありますが必ずどちらかの手をやり、次第をやってヨセ合方の両方をやる事はありません。以前両方同時の演奏を計画した時、杵屋栄二師に大目玉を頂いたことがあります。「木の下陰」はの方を語って堅くの方を唄って柔らかく唄う由です。「この浦船」は打乗りて迄絶対切ってはいけないと云われました。「老木のすがた」のは各流派とも上から出ます。次の「見れども思いの」の所は短い所ですがノリが三回変るので、この曲中一番難所と存じます。クドキの前の合方は、尉と姥が静かに歩を進めている所ですから静かに品よく演じるべきです。ツツンを二度弾くのは松葉がパラリと落ちる表現だと仰っしゃった方がいました。「たとえ万里」のクドキはすばらしい所ですね。「落葉」のから上で唄う方が多いですが次の「袖引きまとう」が非常に高い音を使うのでは普通にしておいた方が次のカンが生きる様に存じます。「ねぐらに残る仇枕」のオトシは、ここで第一景が終って老人から若人に変るのですから眞に重要な所と思います。それに「仇枕」の言葉の中に色々エロチックな意や恨み心や情緒と云ったものが含まれているので、ここを上手く唄う事は大変な工夫と研鑽が必要かと思います。「さても見事に」から槍踊りになりますが「下手な三味線を聞くと飴屋が来た感じがする」と書いた本がありました。「恋風になびかんせ」は一番三味線につきやすいので研究をしなければなりません。ここが三味線につくと妙に幼稚な感じがします。合方途中で三下りになるのは当時としては新機軸でしたでしょう。「松の名所」の松づくしは重く唄っても軽く唄ってもいけず誠にむつかしいです。母音で伸ばす所は実力がばれる所です。「西の海」からは一言一言ハッキリ言うとよいかと存じます。「朝かがた」のは口を閉じないでやります。「入りくる」は二度目の節を少し変えるよう「さつさつの」初めのは消音にし二ツ目は出して唄うよう昔から云われております。この曲は真に名曲で、昔から多くの名人の方々に愛された曲です。

                  

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