この曲の作詞は、南部侯女隠居・教子の方と伝えられ、この方は芸州浅野家より御輿入れなされたので、故郷の厳島神社の由来より筆を起し、海上の賑わいと美しい景色から高輪から芝浦の海上の景色へ転じ四季の景色をうたい、又厳島へ帰り曲を終ります。初演のタテ唄は名人の美声富士田音蔵でしたので、高本調子になる様作曲したのは音蔵を意識してかと思います。音蔵は美声の為節尻を上げる唄い方があり「もしやみるめ」とか「忘れ貝」とか音蔵の型が随所にあります。上調子が活躍するのも上調子が三郎助(根岸の勘五郎)でしたので色々工夫をした為かと思います。
曲の演奏は雅楽を模してありますので、ここは太鼓、ここは琵琶の表現とか考えると面白いです。「そもそも」の唄出しははっきり唄わぬと「もそもそ」に聞こえるので注意しましょう。「宮柱」から「幾百とせ」と変る所が作曲者のねらいと思います。「数の灯火」のとはテンの後に云う型と唄から先に出る型がありますので注意して下さい。「千船」より「行き通う」迄は河東節を使ってあり、レイゼイの定型ですからきちんと演奏しないと恥をかきます。「春の曙」は一転して琴唄になりますので一言一句語ったりつめたりせず丁寧に唄うべきです。二上りの合方は箏曲の「江の島」です。貝づくしは春にあたり、やはり琴唄を念頭に置いた方がよいと思います。「忘れ貝」は忘れで切って貝を別に唄う人がいますが、切らずに続けた方が楽です。「なでしこ貝」のしははっきり出す様云われました。
三下り「床しき」から夏となり軽快な旋律になりますので前と唄い方を変えるべきかと存じます。「立つあきの」のあの音一つで秋に変ります。昔の名人の演奏をうかがいますと、この一音だけでパッと情景が秋の感じになるので凄いと思ったことがありました。「苫屋」からオンドになりますが江戸型のオンドなので節をフッたりしてはいけぬ由です。「須磨の浦辺」は昔ワケ口が来て随分苦労しました。どうやってもOKが出ず結局最後に「君、須磨の浦は広い所なのだよ」とヒントをいただきました。その時ワキの方より「ないかいな」はいかと言うと上手く行くよと教えてもらいました。「よいよい」は全部節が違うので大変です。「此処はお浜」は河東節の旋律で若い方がよく唄う機会が多いですが、曲中で非常に重要な所なのでよく工夫をこらすべきです。「初冬」から太鼓地になり「閨の戸を」下の音を使うのは寒い表現なので「酒で慰む」が生きるわけです。「世渡る業」は十代目の作曲のクセのワリで、一言一言はっきり語る様に唄うべきでしょう。「ただこの庭は」の高本調子からは荘重に演じ「四季折々」からは三味線にのります。「波の鼓」の出方は三種類あり、段切の「祝し祝して」も三種類がある由です。よく御研究下さい。申しおくれましたが「須磨の浦辺」は盛り込みで唄う流派があります。
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