長唄聞書37「むけんの鐘」





「長唄聞書」を初めて書きましたのが平成元年五月でしたから、約十年たったわけで、そろそろネタにつまる頃だろうと仰っしゃる方もあると存じますが、何しろ今長唄は新旧とりまぜて八百余曲あるので当分大丈夫のようです。しかし外のものに書いたり発表したものとダブる事が多くなり、段々ポピュラーな曲ではなくなる傾向が出てくると思いますでこの点御許容下さい。
今回は、長唄にとりましても杵家派にとりましても最も大事な曲である「むけんの鐘」について申上げます。この曲は長唄としては最も古い曲で、享保十六年(一七三一)正月中村座で初代瀬川菊之丞が演じた折使われた曲で、唄が坂田兵四郎(名優坂田藤十郎の妹婿で柊屋兵四郎の息子)、三味線は杵屋太十郎と杵屋文次郎で、文次郎には琴三味線とあるので琴が入ったようです。
杵屋栄二師が横浜の関内に住んでおられた杵屋喜久寿と云う方より習得なさった由で、この方は大分のお年で背中が丸くなっていたので<蛙の御師匠>と悪口を云っている人がいたそうです。栄二師が朝早く行くと何時も先にいらしていたのが先々代弥七師で、非常に熱心に習得なさっているので感心しましたと、栄二師が仰っていました。この曲は大変むつかしいです。何処が、と云われると困りますが似たような旋律が出てくるので、余程神経を使っていないと堂々めぐりをしてしまいます。間の運びなどとてもテープや譜本などで一朝一タに覚えられるものではありません。よくよく消化し研究して熟さなければ仲々人前で演奏は出来ません。十五年位前に始めてお浚いでやりましたが、「身の程を知れ」と大名人の方より御説教の電話を頂いたことがありました。
曲は地歌の「時雨笠」別名<笠の段>と詞章が大体同じで、最近迄伝承されていたそうですが、今、御存知の方が歿くなり、長唄を参考にして復曲したいと演奏家の方が仰っしゃっていました。原武太夫の『奈良柴』と云う本があり、「これをぬめりと云うよし兵四郎予に出会い咄たり。」と書いてあり、この曲は「ぬめり」であって「めりやす」ではありません。しかし「めりやす」の嚆矢である事は間違いではありません。ともかくこの曲は皆様で大事にして習得して頂きたく、長唄の必修曲目のナンバーワンだと思います。



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