四月に家元とこの曲を放送するので、解説をかねて今回はこの曲にします。明和二年正月(一七六五)江戸市村座で上演した「色上戸三組曽我」の第一番目四立目に演じられた曲で、作詞は金井三笑です。この芝居は曽我狂言と、小栗判官と、梅若松若の伝説をとり合わせたような狂言で三組と云う名題はこれをきかせています。金井三笑は「百夜車」「淡島」「虚無僧」「安宅松」などを作詞した人で、版本に別号の与鳳亭の名を使っている時があります。長唄連名は、名人の冨士田吉治、三絃は錦屋惣治、西川奥蔵となっており、作曲者は断定出来ませんが、タテ三味線の錦屋惣治と冨士田吉治と云う事になっています。故杵屋栄二師はこの曲を大変愛され、講習会をお願いするとすぐ「綱手車をやりましょう」と先ず仰っしゃられ、又稀曲を御習いする時先ずこの曲からなさいました。今余りポピュラーな曲ではありませんが、江戸時代に出版された唄本の種類が大変多く、勘五郎の「番組控」にも多く上演記録が記載されてあり、非常に人気曲であったようです。正本の歌詞の横にゴマ点と云って一種の譜が書いてありますが、現行演奏と比べてみると殆んど同じで、正しく伝承されてきた
ようです。全体的に説経節の手で長唄だけでなく説経節研究の上からも重要な曲と云われています。
曲は全曲二上りで、ノリ間の前弾で、長唄の道行物に共通した手法です。「花見踊」の前弾もこれらの手をヒントにして正治郎が作ったそうです。テントトン「糸による」以下説経の旋律です。説経の旋律は「安達原」「横笛」などに使われていますので、聞けばあれが説経かと御判りになると思います。「月の都を立出て」はカド説経とあり門付けをして歩いた説経節の手と思います。「やれ扇」との所は説経オトシとあります。「後に残せし」は祭文カカリとあり説経祭文の手と思われます曲の始めの「糸による」も祭文系の手です。
一番重要な事は段切の「車をとどめける」で説経ドメと云う特殊な段切で、長唄ではこの曲のみです。初演正本と現行と異なる歌詞は、「かくれ笠には」で正本は「にも」です。「春雨の」は正本では「春風の」で、私は正本の歌詞で演じています。「乾く間もなき車坂」のアト正本には此の間セリフとあります。曲は十分足らずの長さですが、唄三味線とも気を抜く所が少しもなく、特に間と音使いが大変で気骨の折れる曲です。こうした貴重な曲は、皆様で大事にして正しく伝承して頂きたいと切望します。
説教か説経かと聞かれた事があります。江戸時代は説経ですが、明治後期に嘉納治五郎が精神修養に最適な曲節であると云って、経を教に改め人々にすすめました。今日説教節を伝承してきた若太夫一派は、この為説教節を使っています。最近CDも出ましたので機会があれば一度お聞き下さい。
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