長唄聞書(番外)





先日某会の下ざらいを囃子の某家元と二人で伺っておりました時、割と著名な方(自分自身では上手いと思っている人)の演奏がクドキも太鼓地も同じ様な唄い方なので、家元に「太鼓地をあゝ云う風に唄われては太鼓が打ちにくゝないですか。」と聞くと、「全くその通りで、太鼓地をちゃんと唄う人は特に女流では少ないですよ。」という答えが返って参りました。
それにつき思出す事があります。昔、山田抄太郎先生とお食事をいたしました折、「吉住小三郎(慈恭)師が偉いのは、本調子と三下りでは音の扱い方運び方が違うのです。三下りにしても二上りから三下りになった場合と又音使いが違うのです。こう云う方は空前絶後でしょうね。」と云う様なお話を伺った事がありました。慈恭師はよく「唄うと云う事と語ると云う事は違うのです。そして唄う所は語る様に、語る所は唄う様にやるのです。」と芸談で云っていらっしゃいました。最近少しこの意味が判りかけた様な気もしていますが、上手く出来ませんね。多分一生・・・
吉住小三蔵師(先々代)は「唄の上手い下手いは唄出しと切り方だ。」とよく云っておられました。杵屋栄二師が日吉小三八師のことを話された折「あの方は新しい物をする時、本を書いて来てそれが真っ赤になる位朱を入れる。その次に来た時は新しく本を書いて来て又朱を入れる。その次に又新しい本を書いて来て朱を入れるが朱の数がうんと少なくなる。そして当日は何も朱の入っていない新しい唄本で演奏をする。」と感心しておられました。小三八師は新しい曲を演奏する時少なくとも五回は唄本を書直されたと思います。私も真似は出来ませんが、覚え物をする時人の書いた本や譜本をコピーしてそれで演奏するのはどうかと思います。売れっ子だった人で自分の分け口とツレしか書いてない唄本を持って来た事がありびっくりした事がありました。やはりこう云う人は大成しませんでしたね。
竹澤弥七師と会食をしました折師は「三の上のポジションでも曲によって、又前後の関係によって、同じカン所でも五つ位音の取り方が違います。」と云われたのを覚えています。譜に書くとこれが全部同じ音なので、こうした音使いの細かい注意が少なくなった事が邦楽全体をつまらなくしている原因かも知れません。三代目鶴澤清六師も四代目も稀にみる大名人ですが、永年色々なものを聞いて改めて御二人の演じている同じ曲を聞いてみると、三代目は前弾だけで月が出ている、然もそれは三日月である、秋の夜中の肌寒い二時頃であると云う感じがしますが、四代目は秋の夜中であると云う感じで、やはり一寸違う気がします。どこが違うのでしょうか判りませんが。三代目のはレコードでも真夏の暑い夜中にゾッとして汗が一時にひいてしまった事がありました。今迄伺った諸名人を思出しますと、三味線の楽器としての機能を最高に生かした方は富崎春昇師であったと思います。又カン所が正確無比でまるで機械のように凄かったのは中能島欣一師でした。ともかくすばらしい方が数多くおられ、その方々の演奏を伺ったり、親しく御話出来た事は幸せだったと痛感しております。今は下手な人は全 くと云ってもいい程いませんが、その代り上手い人はいない様な気がします。達人だらけですが名人はいないようですね。どちらがよいのか私には判りません。



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